福岡視力障害センター講演中止

福岡視力障害センター講演中止

令和3年 10月に講師として4時間お話をさせていただく予定でしたが、本日コロナの収束にはまだ時間を要すること。
デルタ株によりクラスターや、小学生や幼児に感染が懸念されることから講演は中止という決定がなされました。

まだお会いしたことがない鍼灸師の先生方に、お会いできることを楽しみにしておりましたが、私もとても残念です。

鍼灸師として、他にはいないキャラになってきているので、どんな反応が返ってくるのか色んな仕掛けを考えていましたが、また次の機会になりそうです。

また日々精進して、ご依頼いただけるような存在になれるように自分を磨き続けたいと思います。
今回窓口になってくださったのが、
国立障害者リハビリテーションセンター
自立支援局 福岡視力障害センター
教務課 厚生労働教官 石川健様

事前に質問をしてくださった方がいたので、こちらには丁寧に自分なりの対応をしていきたいと思います。

質問1 .コロナ禍のさなか患者様との対応の仕方あり方等について、具体的な対応策等についてご紹介いただきたい。

コロナ禍での診療は本当に大変だと思います。
ご質問の先生ご自身のことも、職場環境もわからない中で、言葉選びなど難しいですが、当院で行ってきた対応をお伝えさせていただきます。

一つ大前提として、この対応をしたら大丈夫という対応は一つもありませんでした。
どの理由として、コロナという特性を掴めずに未知のものと戦う恐怖を味わった 2020年 2月、3月、4月

この時には、マスクの着用、消毒の徹底、換気といった当たり前のことをできることを徹底するしかありませんでした。
あとは、私達は一緒に働く仲間がいますので、熊本出身の竹永はご両親の意向もあり実家に帰省をさせたりしています。

この時に、「当院」「竹永」という二人だけの関係性で成立するものではなく。
ご家族を含めてどう乗り越えるかという視野を広げる必要がありました。

あとは、雇用調整など法律や助成制度などについても対策を講じる必要がありました。
ここで知っておいていただきたいのは、時間とともに、情報が変化するという点です。

もともとの雇用調整は社労士さんが介入しなければ申請できないような難解なものでしたが、小さな会社でも申請できるような仕組みに変わるタイミングがあります。

「あーこれではだめだ。」というタイミングは何度もありますが、活路を見出す必要があります。
そこを諦めずに、最新の情報を取りにいきます。

情報はとにかく集める。

それを徹底して、自分がきれるカードを集める。
その中で、一手を導き出す努力をしていました。

昨年の4月、5月は完全に鍼灸師という職業ではなく。
一緒に働く仲間を守るためだけに自分は存在していたと思います。

5月末頃になると緊急事態宣言が明ける頃に、当院では患者さんの動きが少しずつ変化をしてきました。
感染者数の減少によって、人の行動範囲が変わってくる。

この頃のタイミングでは、PCRの検査精度という話をよく患者さんにも行うし、WEBを使って、まだ当院を受診していない方にも
当院の考え方を丁寧に説明をしていました。

簡単に説明すると、同じ検査でも外側の状況によって、検査の意味が変わってくる。
感度や特異度は検査精度を意味していますが、現在どれぐらいの方が福岡でコロナに罹っているのか。

このコロナに罹っている率が疾患割合や有病率です。

この割合が少ない時には、PCRは偽陽性が増えてしまうし、
有病率が高い場合には、検査をしなくても疑わしいと思って対応をする必要がある。

PCRの陽性、陰性で行動を変えるのではなく。
丁寧に、どれだけコロナが近くにいるのか、いないのか距離感を考える必要があることを
そのタイミング、タイミングで書いていきました。

緊急事態宣言、蔓延防止、緊急事態宣言後。

それぞれのタイミングで、自分たちの方針を書き「それなら治療にいきます。」「それなら私は治療に行きません」
患者さんに選んでいただける選択できる状態を事前に作ることを徹底的に意識をしました。

昨年の12月は、私ごとですが妻が出産前後で産休を取ることが決まっていましたので、
緊急事態宣言中に、患者さんが減ることは予想できていたし、実際に患者さんが通常より減る中で、
「鍼灸師の成長」という点に集中する月があったりします。

「今可能な一手はどこに向ける必要があるのか」
「今に対する一手なのか。」
「近い将来に対する一手なのか。」
「もっと遠い将来に対する一手なのか。」

これはコロナ禍でありながらも、希望を持ちながら取り組んだことの一つです。

その頃の私にできるのは、ただただ仲間に将来こんな状況がくるからやってみようという
ある意味では何も確証のない希望を口に出して励ますこと。

それぐらいしかできなかったように感じています。

状況、状況でとにかく変化することを意識して対応を柔軟に。
そして、その一手はどんな変化があったのか検証して、その結果に対してさらに追加の対策をするのか。

異なる対策に手を加えるのか。

多くのことをやろうとしない。
一つずつやること。

もう一つは、自分のコントロールできる範囲に集中する。

影響力を出せる。
変化を起こすには、自分が変わるしかない。
そういい聞かせて、変化を起こしています。

ただ、変化を起こすことが難しい状況は必ずあります。
その時は、勇気を出して撤退すること。

「今ではない。」という決断をすることも必要でした。
「優先順位と劣後順位をつけて行動する」
これはこの頃に患者さんにドラッガーの本をお借りして、勉強したりしました。

色んな経験をしている方が周りにいるので、その方たちの意見は治療をしながらたくさん参考にさせていただきました。

具体的な策を教えてください。という質問でしたが、すみません。
具体的であればあるほど、やりたい解決策から離れてしまう。
具体的であればあるほど安心感があるが、役立たない。
そう考えてこのような回答をさせていただきました。

先生にお会いできる日を楽しみにしております。
ご質問ありがとうございました。

質問2:「気の流れ」を東洋医学などに興味や馴染みのない人にうさんくさくなく知って貰うにはどうしたら良いですか?
ヘルスキーパーのため、ただコリをほぐしてほしい人が大半で、経絡や気の流れには全く興味の無い人が多いが、本当は知ってほしいのですが…。

この質問には、ぜひ会場でお会いして丁寧に回答をしたかったです。
「気の流れ」っていったい何なんでしょうね。
「今日は気分が良さそう」「気が滅入る」「天気」
日常生活の中でも、私たちは言葉として実感はしている。

でも、実感はしているのに、見たことはない。

あくまで私が患者さんにしている会話の一例を紹介したいと思います。
まず、一度東洋医学頭を切り替えることからします。

「この目の前の患者さんは何に困っているんだっけ。」

質問の中に「ただコリをほぐしてほしい人が大半で」という言葉が出ているので、
仮に肩の凝りということで話をすすめてみたいと思います。

同じような主訴で、先生のところにくる方のうち確かに「辛いところだけを揉んでほしい人がいます」ですが、

「患者さんの目標は症状が楽になりたいし、楽になる期間は長い方がいい」と考えている方も多くいます。

もし、ただ気持ちがいい施術を受けたいなら、マッサージでいいと思います。
でも、少なくとも当院にくる方は症状を改善して欲しいと考えているために鍼灸治療を選択する。

じゃぁここで、私なら、この症状を楽にしてほしい方には提案をしてみます。
「いつもの辛いところだけに集中して施術することも一つです。」
「ですが、肘の関節周辺や、前腕も一緒に施術してみませんか」
(この時の提案は足であってもいいと思います)

「もちろん今日は肩の辛い時だけに集中する」
でも「次回の時には、今日と違う方法を行って、二つの方法でどちらがお身体にあっているか比較してみませんか」

この時に、治療の選択肢が他にもあることを知って欲しい。
相手の方がその選択肢がない以上は、とにかく選択されることはありません。

ですので、とにかく候補の一つにしてもらう。

その上で、前腕の経絡などもちろん下肢でも結構です。
異なるエリアを施術できる機会があれば、そこをチャンスにこれまでとは違う変化を出す。

その変化を出すために、必要な言葉を選ぶ時にもまだ東洋医学の話はまだ登場させません。

とにかく変化を出す。「いつもと違う体験を通じて、東洋医学の知恵をちょっと感じとってもらう。」
その体験を通じて、少し相手の方が興味を持った時に、少しだけ東洋医学について触れる。

そんなことを日々の臨床では意識して行動をしています。
私もまだまだ未熟ですので、何かいい方法があったら教えてください。

次回は先生にお会いできることを楽しみにしております。

 

質問3:今、心因性の方が増えています。どこまでが私たちの役割なのでしょうか

 

これは、非常に私自身も頭を抱えている問題です。
ご質問の「心因性」ということに限定せずに、「私たちの役割」ということについて一緒に考えてみたいと思います。

この質問で私が思い浮かぶ情景は、自分が鍼灸師になってすぐからお世話になった米山榮先生の言葉です。
米山榮先生は、鍼灸師であり、その後神経内科医となられた先生ですが、

私自身も同じような質問を米山榮先生にしたことがあります。
その際に、米山先生よりこんな話をしていただきました。

「社会的適応」という言葉を使って説明をされましたが、
よく心因性の場合に「自殺願望があるか」「ないか」など質問によって、どこか私たちが診療できる境界が存在していて、
その線を越えている方には専門医を紹介するなど、「適応」「不適応」という話が出ます。

ですが、仮に米山榮先生が同じ技量をもっている中で、「鍼灸院を開業している」「開業の神経内科医」「総合病院で働く神経内科医」

同じ患者さんの悪さであっても「診療できる方」、「診療できない方」がいて、これは自分が置かれている環境によっても左右されてしまう。

このように考える必要がある。

この時の、米山先生の教えは今でも自分自身の自問自答しています。

ですので、鍼灸師一人でその患者さんを見ることができるのか。
医師と連携しながら治療を行っていくのか。
先に、医師の治療を優先して、その後鍼灸治療を行うのか。

それは、本当にケースバイケースになってくると考えています。

なかなか具体的な回答にはなっていませんが、
私自身も悩みながら、自分のできる範囲はどこなのか考え続けています。

またお会いできた際に一緒に悩みましょう。

 

 

未分類

前の記事

アフターワクチン接種